2019年9月19日 (木)

馬に会いに行くこと

私は牧場で馬にはまった人間だ。
20代から30代にかけては、牧場で馬に会うことをライフワークにしていた。
(一応、知らない人のために。)

今思うと、「牧場見学」という単語にずっと違和感があった。
まるでイベントのようで。
施設見学などとは違う。

私の感覚に近いのは、「馬の、人の家(うち)に行く」。
それは個人牧場だけじゃなく、スタリオンだってそうだ。

そのために、年上の人と会う時は礼儀を心がけようと努力した。
馬についてもできるだけ学ぼうと勉強してきたつもりだ。
失敗もして、いろいろなことを悩んで、考えて、
時間はかかったけれど自分なりに答えを見つけてきたつもりだ。

馬に会うことは、人に会うこと。

競馬関係者とファンとの距離感をどうすべきか悩んだけれど、
それも人と人との関係だからケースバイケース。
つきあいの中で考えることにしている。

その結果、馬を愛する人たちとの縁ができた。
馬のそばで「この人は大丈夫だよ」と言われるようになった。

 

「見学のマナー」ってなんだろう?

 

わたしがたどりついた、大事にしていることは。
その仕事や、従事する人へのリスペクト。
それは馬に携わる人もそうじゃない人も同じ。
そのようにして、社会人として大切なことを身に付けてきたと思う。

競馬を見ていない今は、馬のことを知らなさすぎて、申し訳なくてほとんど牧場には行っていない。
昔から好きな馬たちに、たまに会う程度だ。
幸い私の好きな馬は、長生きしてくれている。

2019年2月25日 (月)

わたしの中にいる彼女のはなし

先日、やっとジオシティーズ移行したww
昔のホームページやブログを整理したついでに、書いたまま数年、アップしないでいた内容をあげてみます。

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ある町の乗馬施設を訪れた。
数年前、彼女が繁殖を引退して、移動した牧場だ。
私の住む街からはかなり遠い。すぐに行ける場所ではない。
初めてその町に行ったとき、怖くて寄れなかった。そのことを後悔したので、今回は行くことにした。

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大好きな馬のお母さんは、美人でやさしくて、温かかった。さすが彼のお母さんだと思った。
いつも逢いにいくと、背筋をすっと伸ばしたような雰囲気で迎えてくれて、美しいまなざしをこちらに向けるのだった。いっぱい話をして、辛いときは横でいっぱい泣いた。彼女はただ、横でのほほんとひたすら草を食むのだった。

繁殖を引退して移動することになったと聞いて、たくさん泣いた。でも、彼女はサラブレッドだから泣くのはこの日1回でやめることにした。
生まれ故郷の牧場は、繁殖を引退しても処分はせずにどこかの施設に移動させる。今回は、3頭一緒に、繁殖を引退したおとなしい馬をトレッキング用に使っているという、乗馬施設に行くことになった。彼女がかまってくれない時に遊んでいた、ほかの優しい2頭が一緒。この子たちとなら寂しくないだろう。
行き先があるんだし、ここでずっと幸せに過ごすんだ。
今までみたいに簡単に会いに行けない。
でももう、私のなかに彼女はいて、温かさやにおい、肌触り、みんな覚えている。だから大丈夫。

「馬運車から降りてきたその人は、猫を抱いて降りてきてね。」
牧場の人が言っていた。新しいところの人は、命を大事にする人なのだ。彼女はずっと、大切にされるんだ。
牧場の人からもらったたてがみとしっぽで、アクセサリーをつくって身につけていた。そのうちほつれてきたので、今は袋に入れて持ち歩いている。

私の中に彼女はいる。むやみに会いにいって、今いる施設の人に気を遣わせたくはない。
と思いつつ、いなかったら、という不安もある。
そのうち時間はどんどん過ぎていった。
馬は突然どうなるかわからないし、そのことで繋養先を責めるのもどうかと思う。だから、サラブレッドが引退した後は、できるだけ早く会いにいって、そう、ずっとここで暮らすんだ、その記憶をつくることで納得させる。そんなことをよくしていた。

それと同じく、移動してすぐに会いに行けば良かったんだ。その町に行った時にだって寄らなかった。いなければそれで納得がいく。もしいたのに会わなかったら?彼女が待っていたかもしれないのに。見知らぬ放牧地で草を食む彼女の姿を想像した。ねぇ、どうしているの?

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深い霧の中、その施設を訪れた。犬がいっぱいいて、きゃんきゃんとお出迎えを受けた。人はいない。奥の広い放牧地に、数頭、馬がいるようだ。
名前を呼んだ。呼べば私の声はわかるはずだ。私の存在にだって気付くだろう。
人の存在も気にせずに草を食み続ける馬たちの背中は、若い馬のように見える。鹿毛が2頭と、黒っぽい馬が2頭。
彼女は鹿毛で顔に印はない。一緒に行った子は青鹿毛だけど、ここにいる子とはちょっと雰囲気が違う。鹿毛の子だって、彼女とは違うみたい。

1頭、こちらからはよく見えなかった鹿毛が顔を上げた。白い流星が顔に見えた。

もう、彼女はここにはいないんだ。

寂しいとか、悲しいとかじゃない。
もともと心の中にいる彼女が、空の上にいる可能性が高くなったということだ。
温かな思いをずっと胸に抱くことで、強くなれたと思う。彼女のまなざしのように。

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彼女のことをネット上に書いたのは初めてだ。
思い出は全て、私だけの宝物だから。

2019年2月12日 (火)

藤井勘一郎騎手

今日、藤井勘一郎騎手がJRAの騎手免許試験に合格した。……うれしい。
ホッカイドウ競馬で期間限定騎乗した時に、お話を聞くことができました。2015年かぁ。
https://blog.oddspark.com/jockey/cat195/cat1382/

とても話を聞いてみたかった人。通常なら取材するチャンスはそうないけれど、最初が道営だったおかげで取材ができ、光栄だった。
前向きな姿勢は思った通りで話していて気持ちよかったし、カメラを向けた時に放たれるオーラから、この人はJRAで乗るべき人だと思った。
もし、私のインタビュー記事をJRAの人が見ることがちょっとでもあるとすれば、と「こんな騎手ならほしい」と思わせるような内容になるよう、書いたつもりだった。
騎手を含むスポーツ選手には、いろいろなタイプがいる。その中でも、多くの人に感動を与えたり若者の指針になる存在になりうると思っている。

藤井騎手の幅広い活躍を楽しみにしています。

2018年10月18日 (木)

カレンダー発売

夫が撮影した写真が使われている2019年カレンダーが2種類、発売になりました。

まずは ばんえい競馬2019カレンダー 「命、煌めいて」(B4判、中綴じ28P、1,620円)
今年に引き続きばんえい競馬、ばん馬のカレンダーです。
https://www.hakubaouji.com/shopbanei/

帯広競馬場の中央売店のほか、Aiba札幌駅前、門別競馬場小径カフェ、サテライト石狩、JRAターフィーショップ、大井競馬場、川崎競馬場、笠松競馬場で販売しています。

インターネットでも販売中。これを機に、馬グッズショップと一緒のご購入もご検討ください。
ホースシュー様 https://item.rakuten.co.jp/horseshoe/cal2019ban/
ボロ ライディング ショップ様 https://www.boro.co.jp/
ホースファクトリー様 https://www.horse-factory.jp/ ポムレもつきますよー
ターフィー通販クラブ様(まもなく) https://shop.prc.jp/
Amazon様 http://ow.ly/4tZX30mhkxk
ハクバオウジ株式会社様(販売元) https://www.hakubaouji.com/shopbanei/


そして、カメラマン数人による「2019年ホースマンカレンダー」(カラー12枚つづり、596mm×420mm、吊り下げ・リングとじ、2000円)
http://shop.horsenavi.com/products/detail.php?product_id=239
私が昔から大好きなカレンダーです。
今年は、夫の写真を表紙を含めて4枚、使っていただきました。そのうち2枚は私が通い詰めてきた思い入れのある牧場。感無量です。
他の方の作品もとても美しいので、こちらもぜひよろしくお願いいたします。
こちらはネット販売以外はどこで売っているかがわからないのですが、見かけたらよろしくお願いいたします!!
表紙の馬はクリリンという、モデルのようなポーズをいっぱいとってくれる仔!!!!

「ばんえい牧場十勝」のカレンダーも作成中です。発行、発売が決まったらお知らせします。
(追記)
牧場で販売しています! 郵送も可。
http://baneibokujo.jp/tp_detail.php?id=73

2018年9月26日 (水)

門別デイ開催

今週、胆振東部地震の影響で休止していた門別競馬が復活。水が出て、本当によかった。
帯広は、停電しても水が出たからほとんど馬に影響がなかったそうだ。それを聞いて余計、断水が人馬にどれだけ大きな影響を与えたかがわかる。

9月は門別もデイ開催だ。
昼間のメイン。仕事をしているうちに終わってしまう道営。それでも昔の私はきちんとレース結果を把握できていたなぁ。なぜだ…

いまだに忘れられないのは、2002年の道営記念。優勝馬はヒットパーク。この時は3時発走だった。
まだ、向正面奥の木々は低く、スタンドから海が見えた。きらきら光っていた。
その海に1頭、吸い込まれて消えた。記憶は定かではないが、実況でもクラダイギンガの名は呼ばれなかったと思う。
流れていく馬の隊列と、白く光る海の記憶。彼は今でも、あの美しい海に消えたと思っている。

2018年6月20日 (水)

競馬最強の法則

「競馬最強の法則」が休刊するという。残念だ。

人や馬の記事は丁寧で胸を打つものが多かった。写真も雑誌に合わせた独特の雰囲気が好きだった。
ギャンブラーへのリスペクトも感じられて、きちんとした博打の世界があった。
「地獄の早耳」のようなゴシップ記事も、最近はこの雑誌くらいでしか見ない。ネットの噂話なんかより、紙媒体に載せることの覚悟と裏取りがどれだけ重いか。ほんと、うそ、ということよりもそこには責任がある。

競馬がギャンブルであることを根底に、そこにある人間模様を描く。
私が目標としているものがあった。

河村清明さんもブログで書いている。
「競馬メディアのこの先が、ますます心配になってきた。」

私も全く同じ思いだ。

2018年5月28日 (月)

バルダッサーレの勝利

24日、バルダッサーレが東京ダービー以来の勝利を挙げたという。
南関東まで目が届かず、最近の戦績を知らなかったがそんなに勝ちから遠ざかっていたのか。それはうれしい。

サンシャイン牧場のダービー制覇。感慨深いものがあったが、JRAの移籍初戦だっただけに物議を醸し、切なく思っていた。
ずっと応援している馬主さんの馬が、いろいろ言われてしまうのはしのびない。もの申せる媒体がある人の馬なら、理解もされたのだろうか。勝ちを求める姿勢のどこが悪いのか。
でも、競馬を始めたばかりなら私も疑問に思っていたのかもしれない。
長いことオーナーの所有馬を見てきて、勝つためにレースを選ぶ貪欲さを感じ取っていたから、移籍もすっと受け止められたのだろう。

一頭一頭の馬には周りの人間が必死に考えた勝利への方法論があって、それは人それぞれだ。一瞬驚くこともあるけれど、一旦立ち止まってその思いを丁寧に感じ取りたい。それが競馬を楽しむ方法だと思う。

2018年5月18日 (金)

写真の整理

2年前に帯広に越してきたとき、札幌の実家から自分関連グッズを全て引き上げてきた。
いまだに整理できていない雑誌や写真がある。先日重い腰を上げてダンボールを開いたら、その中は全て昔の競馬写真だった。
競馬を、写真をはじめたころに撮影し、プリントしたものがたくさん出てくる。人からもらったステキな写真も多い。

昔は好きな馬がたくさんいた。一枚一枚、そのときの気持ちを思い出す。レースをたくさん見ていたからそのぶん好きな馬も増える。
というより、馬に対してはできるだけ平等でありたいし、馬は頑張っているんだ、と思うとほとんど撮影してしまう。見た馬をみんな、好きになっていた。

ここにいる馬は、全てが誰かの大事な馬だ。人とつながりのない馬はいない。
当時はカメラを持っている人も今ほど多くなかったから、誰かのためになればという思いもあって撮影していた。シャッターを押すときにはそう思っても、開門から最終まで競馬を見ていたから、家に帰ったらさすがに疲れてしまう。いつか、ホームページ(当時)にアップしよう、と思ってもそのままになっていた。
自己満足の、誰かに喜んでほしいという思いは届かないままダンボールにしまわれた。今開けても、もう遅いのだ。

仕事だけで精一杯の不器用なわたしは、体を壊してから最初にブログを休むことにした。それでもなんとかしたくて、できるだけ体力を使わずに写真をアップする方法をずっと考えている。
ばん馬は携帯からインスタグラムとツイッターにアップしたものを、ブログに自動的にはっている。それを見てくださる方もいるけれど、あまり見やすいとは思わないし、未だに試行錯誤が続く。

表に出せなかった写真はサヨナラだ。いくつかは残して自分だけの思い出にしたい。
今、撮った写真はせっかくだから、見てほしいな。アウトプットしないと意味がない。

2018年4月14日 (土)

ハロン2017

『地方競馬年鑑 ハロン2017』が発行になりました。
プレゼント応募→ http://www.keiba.go.jp/topics_pickup/2018/04/04115450.html
販売→ https://www.hakubaouji.com/shop/
WEBハロン→http://www.keiba.go.jp/furlong/

私はばんえい1R、道営3Rを書いています。
生産者の方の話を紹介したい、という思いは昔からあるのだけど、昨年は特にいい話を伺うことができたなぁと思っている。もっといろいろとエピソードはあるのだろうけど。

サッポロクラシックカップはソイカウボーイ。内藤律子さんのカレンダーに載った話を聞くことができた。
ノースクイーンカップはジュエルクイーン。ナイターから自宅に帰り、夜中にハイテンションで一気に書き上げるからか、どうもきざな言い回しで締めることが多くなってしまいあとで恥ずかしくなるのだが、今回も「宝石の輝きがどうたら」とか、あああゴロゴロって感じ。
そして道営記念。ステージインパクトがSI君だったって話、聞けて良かったなぁ。友人の応援馬だったし。

その隣にあるのがばんえいグランプリ。
ニュータカラコマの関係者の方々に話を聞き、掲載することができてよかったと思う。
彼は強い馬だ。これまで4、2、2、3着だった1トンのレースが辛かったとか無理だったんじゃないんだ。いろいろな誤解にもやもやすることが多いけれど、一番腹が立つのは、彼が弱い馬だったと思われることだ。
ニュータカラコマの強さを伝え、残していきたい。

2018年3月 7日 (水)

小島太のこと

私が競馬を始めた頃、騎手を引退することになった小島太。
その小島太が、調教師を引退するとは。時の流れの速さを認められない。私、そんなに長く競馬やってるか?

当時は「名騎手は名調教師にあらず」が当たり前の時代。ローレルにも騎乗した名騎手が、調教師として活躍馬を多く送り出すことが嬉しかった。「ローレルの子で凱旋門賞に」という夢は叶わなくても、「小島太厩舎の馬で凱旋門賞に」ということは達成してしまった。私の中の時代が2つ終わってしまった。

最後の週、1500勝を達成したのはメンデンホール、横山典弘。
ガッツポーズが話題になったが、それより胸を打たれたのがフライングディスマウント。デットーリがやるアレだ。若かりしノリちゃんは、ローレルの馬上から同じように飛び降りた。その思い出がフラッシュバックした。懐かしい光景、きゅんとするなぁ。

小島太氏は、解説者という話もあるそうだ。なんかどこかでやってなかったっけ。ってそれ、大相撲か。

2018年2月28日 (水)

ネーハイシーザーのこと

ネーハイシーザーが28歳で、その生涯を終えた。
種牡馬引退後は、生産牧場で余生を過ごしていた。帯広から、いつも行く浦河の牧場に行く道すがら、ネーハイシーザーを見かけた。ある時はポニーと一緒で、晩年は1頭で、悠々自適に過ごしている幸せそうな姿が印象的だった。
そう、ネーハイシーザーは幸せなんだ、と伝わってきたから、彼を見るのがいつも楽しみだった。
その後は牧場を移動。結局新天地では会えなかったけれど、あの頃の幸せな記憶のまま。幸せな生涯だったと思う。安らかに。
http://www.jra.go.jp/news/201802/022701.html

2017年12月31日 (日)

ナナカマドのアップルパイ

やまね工房から、アップルパイの話。
私はいまだに「ナナカマドアベニュー」のアップルパイが一番だと思っている。

私がまだ大学生のころ、風景写真が好きだった私はナナカマドにある写真と、やまね工房のぬいぐるみに癒やされていた。
最初は広告会社が運営していたと思う。そこで出していた、北海道の風景写真集を見たのが最初。自然つながりで、やまね工房のぬいぐるみが並んでいた。
将来の夢にぶつかり、挫折して、ごちゃごちゃになっていた時だった。それからはここで出されるアップルパイと、喫茶担当になった時田さんとのトークが心を満たしてくれた。
それから時田さんは独立して場所を変え、でもすぐに閉店してしまった。

ふと思い出して検索してみたら、時田さんが亡くなっていたことを知る。
たまに入院していたよなぁ、突然辞められたのもそういうことか。いまさら気付いたのが申し訳なく、悲しい。20そこそこの私にとって大事な場所だった。
(サイトを読むと「伝説の喫茶店」とある。人気店だったんだなぁ)

引き続き検索していたら、余市の「山本観光果樹園」と東区の「がじゅまる」はそのレシピを受け継いだものだという。以前ここのアップルパイを見た時に、丸いアルミホイルで包まれた、三角の形をしたアップルパイの形に、懐かしいアップルパイを思い出したんだった。

時田さんがやめる時「レシピは伝えておくから」と言っていた。あの味をまた食べられるのかな。おいしいとわかっていても、その後、アップルパイを買うのはなんとなく避けていた。
機会があったら、食べに行かなくては。

2017年12月30日 (土)

やまね工房

馬の話ではないのですが。
昔網走を訪れた時に、あまりにかわいらしいぬいぐるみに驚いた。かわいいだけではなく、北海道の自然に溶け込む、というような。それがやまね工房のぬいぐるみだった。
それまで見ていたような、変に可愛くデフォルメされたものではない。生き物が持つ、本来の愛らしさがある。
フクロウ好きな私は、少しずつフクロウを増やしていった。その後、またやまね工房さんのぬいぐるみと出会うことになるのだけどその話はまたあとで。
そのやまね工房さんが生産を終えた。作り手の方が病気になられたから。寂しい反面、逆にそれが生き物の現実そのもののようで、寂しいけれど受け止めている。
http://www.yamanekobo.com/index.html

2017年12月27日 (水)

清水師のことば

サンスポ(北海道では道スポ)の20歳のころを語るコラム、有馬記念の前は清水久詞調教師だった。
http://www.sanspo.com/sports/news/20171221/spo17122111000001-n1.html
3回目の連載の中で語られている、清水師が荻野極騎手に言う言葉がいい。
「結果を求めると競馬が雑になる。感謝の気持ちを先に持て。そうすれば冷静に乗れる。結果は次。そして何回も競馬を見ろ。一流騎手と何が違うか自分で探せ」
競馬を自分の仕事と置き換えて考えたいと思う。

2017年12月21日 (木)

ヨコギのこと

横山義行騎手が引退することになった。
好きな馬に乗っていたこともあるし、障害と平地に両方乗る。
私は第3次ベビーブーム生まれだけど、なぜか同世代の騎手が少ない。
そんな中、同学年でもある。いろんな点で応援している騎手だった。

特にビクトリーアップとのコンビが思い出深い。
競馬を始めて数年、一番楽しく、吸収力もある時に、
ビクトリーアップと横山義行騎手のエピソードを聞いた。
こんちくしょう、というたぐいの内容だったはずだけれど、実はしっかりと思い出せない。
(個人的に忙しい時期があって、競馬の記憶が曖昧になっている)

競馬のエピソードを吸収しすぎたせいなのか、
今の私にしたら「あまりにちっぽけなこと」なんだと思う。
当時は敏感になって、その人馬に引き込まれた。
(ちっぽけといっても、もちろん当人にとってはそんなことはなくて、情報過多になりすぎた私が鈍感になっているだけって話)
なんだったっけ、と思い返しながら、そんなセンシティブな競馬ファンだったころの自分をちょっと懐かしんでいた。

ビクトリーアップが引退後、彼がいた乗馬クラブの方が、検索で私のホームページにたどりついてくれた。亡くなった時も丁寧に連絡をくれた。
そんなやりとりを通して、ビクトリーアップの引退後の人生が充実していたことを知れたのも、懐かしい思い出だ。

発表によると、ヨコギはJRAファシリティーズに就職するという。
同世代の元騎手が、キャリアを生かして第2の人生を歩めることはものすごくうれしい。

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ばん馬のいる風景

プロフィール

  • ゆかです。北海道在住。いろんな馬に会うことが好き。 ばんえいは「ばん馬のいる風景」、ホッカイドウ競馬は「つぶ串ひとつ」というブログで書いてます。それ以外の馬ネタの行き先がここ。 TwitterとInstagramは@primoordine。地元紙記者、競馬ライター・カメラマン。小久保(斎藤)友香の名前で出ています

つぶ串ひとつ

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