荒尾その1
少しずつ小分けに、九州遠征記。
荒尾競馬場についてすぐ、スタンド裏で売られていた「荒尾梨」を買った。めちゃくちゃでかい。朝っぱらから大きな買物をしてしまった。梨と旅行道具を荷物預け所へ持って行くと、お化粧の濃いお姉さんが手続きをしてくれた。地方競馬のよくある風景だ。
スタンドでぼーっとしていると、繰り返されていた女性のアナウンスが、町中ではなく競馬場のものであることに気づく。「荒尾競馬は12月23日をもって終了いたします。いままでのご愛顧ありがとうございました」。どこかで聞いた…、廃止2ヶ月前の宇都宮競馬だ。
写真を撮るので、友人と場内を歩く。
調教師が「競馬なくなったら、もうこうやってしょっちゅう会えんくなるな!」と笑顔を見せる。「んも~、そんなこといわんといて!」と友人。みんなは長い間このことを話し続けて、悲しみやつらさをすべて通り越して、冗談も飛ぶのだろう。厩務員らしき男性に友人が挨拶した。「組合の会長さん。」 補償や今後の仕事先は、過去、廃止になった競馬場のようにひどい切られ方をしたとは聞かない。頑張られたんだろう。おつかれさまでした、と遠くから彼を見つめた。
地元の新聞記者に、荒尾競馬のいい記事、読みましたよと声をかけた。「いい話は、どんどんと…ね。」と、取材を続けている。タイムリミットまで、ステキな話を聞き続けるのだろう。
調教師、騎手、厩務員らは、顔をあわせるたびに「あいつは浦河?追分?」「園田行くって言ってたぞ」と、行き先を心配しあっていた。「俺は隠居だ」と笑う調教師に、先の記者は「先生はいつも人のことばっかり心配して…」とつぶやく。
スタンドに戻る。「できるだけ見に来てるんだ」。ファンの方々が集まっている。「あの先生は行き先決まった?」同じく、暖かくて優しい。
ラーメン屋で、荒尾競馬の映像の話になった。撮られた人から、「カメラに向かって、荒尾競馬頑張って、と言ってください」と言われたけれど、それはできなかった、という話を聞いた。
優しいファンは、競馬関係者を苦しめてまで、自分たちの大好きな競馬を続けてとは言えなかった。
すべてにおいて、存続するにはもう限界だったのだろう。
ゆっくりとした時間が流れ、優しさがあふれている競馬場に、冬の陽射しが暖かくふりそぞく。だからこそ、続けられなかったのかとも思う。人との絆の大切さを気づかされた年に、そのことを大切にしていた競馬場がまた一つ減ってしまう。