2013年5月11日 (土)

福山競馬2007

写真整理していて出てきた福山競馬の写真。私、以前アップしそびれたままだったみたい。
2007年、カメラを持った女は珍しく、おっちゃんたちによく声をかけられた。
馬も人も、おっちゃんたちも近くて優しくて、一度しか行かなかったけど、大好きといえる競馬場だった。

荷物預け所のおばちゃんに、北海道から来たというと「ばんえい!どうなった?みんなで存続するようにって署名集めたのよ」と言ってくれた。私は何もできなかった。
食べ物はなんでもおいしかった。瀬戸内海最強。魚が一番おいしいのは北海道だなんて思っていたのは大きな間違いだった。小ぶりな魚たちにはうまみが濃縮されていた。
当時、何かあって生牡蠣を食べることができなかった。「また牡蠣食べにきます」とすっかり気に入った私は地元の人に話したのに、結局この時が最後だった。
あと、競馬場向かいのホテルに「競馬場側の部屋で」と恥ずかしさを押し殺して電話したのに、次の日は調教が休みで追い切りを見られなかったな…

ちなみにこの日、千歳が猛吹雪で飛行機が飛ばず、「飛行機が次の日の夕方しか取れなくて」とか職場に電話して園田を見に行きました。取れなかったのはほんとよ!(伊丹が、だけど)



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2013年3月22日 (金)

福山競馬のこと その1

24日、ばんえい記念が行われる日が福山競馬の最終日だ。

私、福山競馬に行ったときのことをアップしていないみたい。かろうじてつぶ串に。

それは2007年1月。ばんえいの存続が決まってすぐのことだった。荷物預け所のおばちゃんに北海道から来たというと、「ばんえい!!どうなった?みんなで署名集めたのよ」と言ってくれた。
なにもできなくて、ごめんなさい。

この辺りの食事はすべて美味しかった。北海道って食べ物が美味しいところだなんて思っていたけど、とんでもない。魚は小さいけれど、だからこそなのか、風味があってとにかく美味だった。
カメラを持って食堂に入ると、たむろしているおじちゃんたちに珍しがられた。人がいい。すてきな場所だった。

この時、生牡蠣は提供していなくて食べられなかった。競馬場の人に「また、牡蠣食べにきますね」と言ったのに、結局、行けなかった。

わたしがいいなぁ、と思ったところはなくなっていくんだ。切ないよ。

いろいろ思うところはあるので、また書きます。

2012年1月16日 (月)

佐賀競馬

小分けにでも更新しようと思いながら相変わらず出来ず、次の日の佐賀競馬のこと。
友の会バスで、柳川から競馬場へ向かった。
常連のおじちゃんたちが、競馬の話からテレビの話題まで盛り上がる。聞こえてきてしまうので飽きることがなかった。荒尾、9000万売れてたとよ。たいしたもんじゃ。ペリエじゃの、フランスかなんかの騎手…いや、ペリエじゃなかとよ、ベリーヤじゃ。トイレに何千万置いてったって人いるとよ。俺んとこに置いていってくれればいいのにな。震災に寄付するっていうならお前に入れてやるけど、あんた競馬に使うからだめだわ。…

大きな駐車場を埋め尽くす車に子供連れ。今日は土曜日だということに気づく。荷物はコインロッカーに預けた。
きっと、ほとんどの人はJRAの馬券売り場に向かってしまうのかと思ったが、スタンドにはかなりの人が残っていた。
おおっ、これが「何でも焼く店」!
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スタンドからJRAの馬券売り場まで行く間に「佐賀競馬は頭数が少ないから当てやすい!」という張り紙があった。
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至るところで馬券の情報が紹介され、売上増に向けた努力が垣間見られる。
JRAのメインレースが終わるとすぐに「佐賀競馬は○分からレースです」とアナウンスを入れる。洗練されている感じは受ける。競馬に熱心な場所だ。でも荒尾に行ったあとだからなのか、冷たい雨のせいもあるのか、なにかさみしい。
たくさんある食堂には、武豊とスノーエンデバーの写真が飾られていた。旭川競馬にもこんな食堂があったことを思い出してほっとする。

今の競馬では、存続の条件は売り上げの数字だけを見られてしまう。その現実をわかっていても、私は競馬の楽しさを馬券以外に感じている。その後ろめたさを凌駕するほどの魅力があるのだから仕方がない。
とはいえ、自分の好きな競馬場の雰囲気は、存続に反しているのかという思いで何度も悩んでしまう。

生活が苦しくなることがわかっているのに、それでもばんえいを存続させよう、と声をあげてよかったのか。つらそうな話を聞くといつも思う。ぼそっとそのことをつぶやくと、「そう言われたら元も子もないから、がんばるしかないんだ」。そういう、強い厩舎村の人たちに励まされてきた。

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たくさんの人がいたこの日の佐賀競馬の売上は、5000万だと聞いて驚く。

    *

11月の道営記念の寒い寒い日、スタンドに荒尾でお世話になった調教師が来ていた。たぶん、厩務員の働き口を探しにきているのだろう。または、馬。

年明け、その調教師から「引退しました」という丁寧なハガキが届く。自分の成績より、所属騎手の活躍、騎手、厩務員の次の職が決まったことを喜ぶ文面に涙が出る。

2011年12月 3日 (土)

荒尾その1

少しずつ小分けに、九州遠征記。
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荒尾競馬場についてすぐ、スタンド裏で売られていた「荒尾梨」を買った。めちゃくちゃでかい。朝っぱらから大きな買物をしてしまった。梨と旅行道具を荷物預け所へ持って行くと、お化粧の濃いお姉さんが手続きをしてくれた。地方競馬のよくある風景だ。
スタンドでぼーっとしていると、繰り返されていた女性のアナウンスが、町中ではなく競馬場のものであることに気づく。「荒尾競馬は12月23日をもって終了いたします。いままでのご愛顧ありがとうございました」。どこかで聞いた…、廃止2ヶ月前の宇都宮競馬だ。

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写真を撮るので、友人と場内を歩く。
調教師が「競馬なくなったら、もうこうやってしょっちゅう会えんくなるな!」と笑顔を見せる。「んも~、そんなこといわんといて!」と友人。みんなは長い間このことを話し続けて、悲しみやつらさをすべて通り越して、冗談も飛ぶのだろう。厩務員らしき男性に友人が挨拶した。「組合の会長さん。」 補償や今後の仕事先は、過去、廃止になった競馬場のようにひどい切られ方をしたとは聞かない。頑張られたんだろう。おつかれさまでした、と遠くから彼を見つめた。

地元の新聞記者に、荒尾競馬のいい記事、読みましたよと声をかけた。「いい話は、どんどんと…ね。」と、取材を続けている。タイムリミットまで、ステキな話を聞き続けるのだろう。

調教師、騎手、厩務員らは、顔をあわせるたびに「あいつは浦河?追分?」「園田行くって言ってたぞ」と、行き先を心配しあっていた。「俺は隠居だ」と笑う調教師に、先の記者は「先生はいつも人のことばっかり心配して…」とつぶやく。

スタンドに戻る。「できるだけ見に来てるんだ」。ファンの方々が集まっている。「あの先生は行き先決まった?」同じく、暖かくて優しい。

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ラーメン屋で、荒尾競馬の映像の話になった。撮られた人から、「カメラに向かって、荒尾競馬頑張って、と言ってください」と言われたけれど、それはできなかった、という話を聞いた。
優しいファンは、競馬関係者を苦しめてまで、自分たちの大好きな競馬を続けてとは言えなかった。
すべてにおいて、存続するにはもう限界だったのだろう。
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ゆっくりとした時間が流れ、優しさがあふれている競馬場に、冬の陽射しが暖かくふりそぞく。だからこそ、続けられなかったのかとも思う。人との絆の大切さを気づかされた年に、そのことを大切にしていた競馬場がまた一つ減ってしまう。

2011年10月13日 (木)

ロックハンドスター

震災後、ネット上に置かれていたロックハンドスターのペーパークラフトを作っていた。
クラキンコフィギュアの横に置いた。三冠馬同士の対決。実現することがあるかな。それは案外早く叶った。岩手競馬の開幕が遅れたから、門別にやってきたのだ。
赤いメンコには白地で「Rock Hand Star」と書かれている。ナイターの明かりに照らされて、ムキムキの筋肉は影をつくる。やっぱり岩手の星だ。出会えたことがうれしかった。

道営馬は岩手に遠征することが多いから、岩手の強い馬との勝負に興奮する。ロックはこれからずっと、そんな場に出てきてくれる。そう思っていた。

震災から7ヶ月が経った。
新聞には特集記事が出ている。
-人は何か意味があって生かされると思っていた。でも、違っていた。生死の境に特別な意味はなかった。-

四ツ割勝負服に「がんばろう東北」と書かれたスボンの菅原俊吏騎手は、ころげおちた芝生の上で、目でロックを追っていた。

ルドルフが亡くなって、馬は寿命を知っているというようなことを書いた。でも違うじゃないか。なんでここで命を落とさなくてはいけなかったか、という馬を私はたくさん見てきているのに。

岩手競馬を応援している人たちが好きだ。なんで、悲しい思いばかりしなくてはいけないんだろう。
あれから少し経って、ロックが亡くなった意味を、みんなが探そうとしている。最近、悲しさと前向きさの同居ばかりだ。胸が痛い。

私は前向きにもなれず、あのまま止まっている。
いつか、時間が癒すと思いながら。いつまでたっても、その時間は短くはならない。

posted by (C)ゆか

2011年9月 5日 (月)

荒尾競馬

廃止になりそうになって、覆って。それからは、危機感は感じているつもりでも、この感覚がかなり昔のことのように感じる。
「もう一つも地方競馬場の灯を消さない」。
わたしたちは、いつだってそう思っている。そんな人たちが全国にはたくさんいて、助け合っている。

何がいいのかわからない。競馬場がなくなるのは寂しいし悔しいけれど、関係者の人たちにとっては何が幸せなのか。
このまま競馬を続けても苦しいだけだって、我慢しているファンだっているのだろうけれど、
そう思って我慢して、なくなってから悔しい思いをした人たちがいた。彼らが言う、これからはもう灯を消さない、と。

友達の好きな馬がいた。好きな騎手がいる。そんなステキな場所。海の見える競馬場。
早く行かなきゃと思っていた。これから訪れたんじゃ、廃止巡礼じゃないか。

どうすればいい? なにが幸せ?

いまもし、ばんえいに廃止の話が出たら、どうなるんだろう?
自分の頭ではまとめきれずに、もやもやした気持ちと悲しさばかりがつのる。

2011年2月20日 (日)

南部駒賞

南部駒賞は、いつもホッカイドウ競馬が終わったあとに、道営馬強いだろーいえーいといって嬉しがるレース?だった。
今年はレース前に岩手側のTwitterで、見てろよベストマイヒーローの強さ、というようなツイートがあったりして、岩手vs道営のガチンコにいつも以上にわくわくしていた。道営開催中だったけれど。
結果はベストマイヒーローの勝利。それでも、参りました、岩手もすごい!と思えたことが楽しかった。岩手と道営が、こうやってライバルとしてお互い強くなっていけばいい。がんばれ岩手競馬。

2010年10月17日 (日)

SJTを終えて

そういえば、3年前も同じことをしていた。
SJTが終わったとたん、さまざまな地域の競馬を見るようになった。すごい騎手たちがいる競馬場をもっと知りたいと思った。

3年前、札幌で行われたSJTで「僕のサインでいいんですか?」と言ってたくさんサインをしていた高知の赤岡騎手。高知のリーディングなのに、腰が低いな…と思っていた。
この時に優勝して、WSJSでも3位になって、それからどんどん活躍を見せ、今年は今まで勝率3割、連対率4割4分。今は高知に「赤岡ロードがある」と聞いたこともある。賞金が高くはない高知競馬にいて寄付をしたり。あの日の札幌から、地方競馬を代表する騎手が生まれたのかと思うとうれしくてたまらない。

14日、門別競馬場。3年前と同じ笑顔で「僕のサインでよければ何枚でもしますよ」と言ってサインを続ける赤岡騎手がいた。
3年経てば、人は変わるかも。そんなことも、ちょっとは思っていた。
それがないからこそ、トップジョッキーでいられるんだと思った。

赤岡騎手と同じ印象を抱いているのが、荒尾の杉村騎手。2人とも、いつもさわやかなスマイルを見せているのに騎乗となるとバシッと決める。杉村騎手が追うと、馬がぐいぐい伸びているのにしびれた。
今回は私も杉村騎手に優勝してほしいと思っていた。4戦目を勝った時、自然とガッツポーズが出た。自然と出るものなんだ。こんな経験、なかなかない。
次はWSJS。杉村騎手が門別を機に、どう変わっていくのかが楽しみだ。

きっと、近所にいたらやさしいお兄さん、いや、かわいい弟分なんだろう。
苦労や努力もしているだろうに、それが顔に出るというところがない。
わたしも、いつでも笑顔をというのを信条にしているけれど、内面に彼らのようなプロっぷりがあってこそのものかと思う。わたしももっと、頑張らなきゃ。
というように、彼らには見ている人に「頑張らなきゃ」と思わせる力があるんだ。

騎手、すげー。
各地にそれぞれ騎手がいて、週に数日、何レースか、しのぎを削らせてレースを行っている。また騎手のすごさに圧倒させられた。
SJTを2度も北海道で見られたことがとてもうれしい。的場騎手が門別は空港から遠い、なんて話をしていたけれど、また来てほしい。

追記。
3年経って赤岡騎手に変わったことが一つあった。黄色い声援が飛んでいた。やるぅぅ~。女性の声援は一番多かったんじゃないかな?ステキだものなぁ。さすが。高知競馬の騎手が女性に人気No.1。嬉しい。
第1ステージの盛岡に行った人にこの話をすると、盛岡にも赤岡ギャルと岡崎ギャルがいたそうだ。
「あと杉村オヤジがいたよ!」 …WSJS後は杉村ギャルの番だ!!

2009年3月12日 (木)

ほしい

これだけ言いたくて突然登場。
これ、ほしい。
シゲさんわからんて…

2008年6月23日 (月)

ここ最近の箇条書きから

箇条書きが増えてきてしまったのでここらへんでアップする。


内藤律子さんの写真を見ながら思い出したこと。
写真を撮れる景色が減っている…
昔はかなり、写真ビューポイントを探してあちこち走り回った。かなり日高の道はわかってきたつもり。年々馬のいる景色が減っているのがわかる。
それでも技術を駆使して想像通りに撮るのが技なのだけど。

西日本グランプリ スペシャリスト←やったぁ。

ダービーのうるせぇについて。
せっかくのダービーなのに。いろいろと残念。原因はいくつかあるだろうけど、一番は警備側の問題ではないかと思う。
ぜったいないだろうけど私が同じような立場になれば叫んでしまうかも。興奮しているだろうし。私も最近言葉悪いからうるせー言うかもなぁ。気をつけよう。

オークスのことでいろいろといわれているけど、「昔あったのは…」で語られる?五十嵐冬樹の抱き合わせ騎乗停止の悔しさは今でも忘れないから、今更感があったりする。

コマ劇場がなくなるニュースで、川崎競馬場に寄贈されたというサブちゃんの馬が出てきた。このように使われていたのか。
サブちゃんは馬にまたがり、まつりを歌っていた。

より以前の記事一覧

ばん馬のいる風景

つぶ串ひとつ

Route235

プロフィール

  • ゆかです。北海道在住、いろんな馬に会うことが好きです。ばんえいは「ばん馬のいる風景」、ホッカイドウ競馬は「つぶ串ひとつ」というブログです。 TwitterとInstagramは@primoordineです。小久保(斎藤)友香という名前でばんえいや道営のことを書いたりしています。
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